2015年2月2日月曜日

羽根

「風の道」

今年の初めから、取り組み続けた鹿角の羽根が仕上がりました。

「鹿角の姿、美しさ」その感動と「羽根」を調和させたい、最初から最後までその意識で鹿角と対面し続けました。鹿角の声に耳を傾け、その中で僕ができうることを探していく作業。

その対話を繰り返し削りだされた鹿角の羽根の姿を、僕は探し続けました。

この羽根の製作期間、使命を持って生き道半ばで命を落としたある方のことをニュースで知り、度々、その方が脳裏を過ぎっていきました。
羽根がバランスを保ち天を見つめて立ってくれるよう鹿角を削る僕の想いと、その方への思い。制作の中で入り混じっていました。
命を何のために使うのか。
仕上げの最終段階に入ってもバランスを崩して立つことができなかった羽根を何とか立たせたい。
手探りしながら目に見えない羽根の重心を探していました。

信じる、絶対立つと信じる、諦めと迷いを吹きってそのことに集中しました。

作っている最中、壁にぶつかる度、できないというもう一人の自分が顔を出してきます。
けれど、いつもそれを乗り越えさせてくれる強い力は、今にも消えてしまいそうな微かな声で訴えかけている、自分を信じようとする心なのだと思います。

 命を何のために使うのか。その問いを繰り返していました。

僕は二人の師匠の作品に出会って、心が動いて、その作者に会いたくて足が動き、ひたすら手を動かし、いつの間にかこの彫る仕事をしていました。

自分の仕事に対して、とても厳しくて、真剣で、曲がったことを許さない、話せば優しくて人間臭い、人の道をいく二人の師のように、この彫る仕事と共に生きたい。

そのように生きて、何かが人に伝わっていったら嬉しく思うのです。

羽根が天を見つめて立ち、光を浴びて影ができる時、物語の風が吹き始めます。


「風の道」

その人たちにいのちを与えたものは風

わたしたちにいのちを与え 

今わたしたちの口を付いてでるものも風

風がやむとき わたしたちは死ぬ

今でも指先の皮膚のしたに風の道が見える

それはわたしたちの祖先が創られたとき

風が吹いていたことを今に伝えている

ナバホインディアン


















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