先日、根付師の齋藤先生から、デッサンやそれに取り組む姿勢について、お叱りをうけ自分のことを見つめ直す機会を得ました。
結論から言いますと、僕は齋藤先生に甘えていたんだなと気づきました。
8年前、僕は木彫りの師である幸次さんとの数年間の時間の中で、僕自身がこれから作っていきたい核心のようなものを見つけました。
それを形にするにはどうしたらいいのか。
そんな時に、齋藤先生の造形に出会い深く感動しました。
それから 1年間、その核心を形にするため何が必要なのか自分自身に問いかけ、齋藤先生の門を叩きお願いをしました。
「先生の下で、勉強させて下さい!」
何がなんでも先生の下で学びたいという強い気持ち、言葉はたどたどしかったですが、僕の話を聞いて下さいました。
先生は僕の気持ちを汲み取って下さり、技術ではなくものを作る上で土台となってくれる力、
デッサンを僕に勧めてくれました。
あれから4年、今回先生に送ったデッサンをきっかけに、僕は自分が作ろうとしているものの基礎は学んでいたのだと気づきました。
後は、自分で考えに考え抜いて、ひとつひとつその答えを出していくしかなかったのです。
それを先生に求めてしまっていた自分が恥ずかしくなりました。
そして、先生が何度も言っていたデッサンの真意も少しずつわかり始めました。
先生が言うデッサンは、そのものの本質を見極め自分の中にある「詩」を明らかにし、彫り台に向かう前に360度しっかりそれを頭に叩き込む一つの手段、なのではないかと思いました。
とにかくこれから僕がやっていくことは、一つの作品に対する情熱と自分が得た核心を形にしていくことなのだと思いました。
ひとりごとですみません。